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2003年05月30日 (金曜日) 00時52分
****** ▼ 追記記事 ▼ ******
「見ない顔だな」近所の童が迷い込んだ訳ではないようだ。
見れば身につけている衣や装飾の類も
決して安価なものではない。
「父に従い、ご挨拶に参りました」
――大切な客人。
朝の父の言葉の示すものが
なんとなくわかった気がした。
「こんなところにいて良いのか?」
「実は…」
抜け出してきてしまいました。
だって。
お父様たちの話、
退屈なんですもの。
この先に待つであろう己の命運を知ってか知らずか
あどけない顔で笑う。
面白い娘だと思った。
「あの花が気に入ったのか」
「はい。それに・・・初めて見る花でしたから」
「そうか」
とはいえ、あれは兄のものだ。
私の独断で手折るわけにはいかない。
「見るだけなら構わないぞ」
「はい、でも」
私の手元に注がれている視線に気づいた。
まさか。
「…これか?」
「はい」
「…これが何か知っているのか?」
「兵法の指南書、ですよね」
正直、驚いた。
「こんなものに興味があるのか」
「まあ、こんなものだなんて。」
若いうちから学問に励むのは良いことだ。
が、しかし。
さすがにこんな年端もいかぬ小娘と
兵法について論じるのはどうかと思う。
お前にはこちらの方がよかろうと、
もう一冊のほうを差し出した。
「これは・・・漢詩ですか?」
いずれ何かの役に立つかと思ったのだが
興味がない…というより
どうにも詩というものが解せなくて
持て余していたものだ。
幸い彼女は私と違い
読みかけの書を持っていかれずにすんだ。
これでようやく落ち着くかと思いきや
今度は彼女が読めぬ字を度々質問されるはめにあった。
やはり年相応だと子ども扱いすると、拗ねてみせる。
面白い娘だ。
柔らかな黒髪が風に揺れるたび
ほのかに漂う甘い花の香り。
不思議と心が
穏やかに満たされていく気がしていた。
半分ほど読み進めた頃
屋敷のほうから人の声が聞こえ始めた。
厳めしいが珍しく上機嫌な、よく知っている声。
どこか品があり低く穏やかな、知らない声。
小難しい字と格闘していた娘の瞳も誰かを見つけた。
「あ・・・お父様」
談笑しながら廊下を行く一団。
思ったとおり、聞き覚えのある声の主は私の父だ。
その隣にいる、身なりのいい年配の男
あれがどうやら彼女の父君らしい。
連れの従者たちは何やらしきりに辺りを見回していた。
「お前を探しているんじゃないか?」
「そうですね。もう帰らなきゃ。」
そう呟く横顔が、心なしか淋しげに見えた。
「またお会いできますか?」
「ああ」
あの一団の和やかな雰囲気は
挨拶とやらが恙無く終わった何よりの証拠だ。
そこから予想される未来の岐路は、そう多くは無い。
「いずれ近いうちに会えるさ。」
もっとも、そのとき彼女の手を取るのは
私の役目ではないのだろう。
そう思い至ったとき、ふと心がざわついたのは
果たして弟達にこの娘を御しきれるのか
先行きが心配になったからだ。
・・・それだけだ。
「そうだ、まだ名を聞いていなかった」
「春華と申します」
「春華・・・・・・そうだ」
従者に連れられていくのを
なおも引き止めるように言葉を探す
「あの花」
考えるより先に言葉が飛び出していた
「後で兄上に掛け合ってやろう」
自分でもどうしてそんなことを
口走ったのかはわからない。
・・・私らしくもない、が
「ありがとうございます」
嬉しそうに声を弾ませた娘を見て
・・・まあ、悪い気はしなかった。
「楽しみにしていますね」
振り返った笑顔は
この庭に咲き綻ぶどの花にも劣らぬ愛らしさだったから。
・・・・・・・・・・・・・
続きます
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